アディダスとプーマ、「アディプー」がタブーとされる理由。

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アディダスとプーマ、「アディプー」がタブーとされる理由。

2017-12-14 Category:CULTURE


ダンサーはもちろん、スポーツ選手やストリートアーティストに限らず老若男女世界中から愛されるブランド、アディダスとプーマ。
でも、アディダスのジャージを着て、プーマのシューズを履いていたら、先輩からこんな事言われた事ないか?
「アディプーはタブー。絶対やっちゃダメだよ。」

理由を聞くと
「アディダスとプーマの創業者は兄弟で、めちゃくちゃ仲が悪いんだ」
と。


遡る事1920年、ドイツのヘルツォーゲンアウラッハという街で、「ダスラー兄弟商会」という靴工場は生まれた。
工場名のごとく、兄弟仲が良く工場を運営。
ベルリンオリンピックをきっかけに、飛躍的に業績を伸ばした。

しかし、経営方針の違いから確執が生まれ、弟アドルフはプーマを、兄ルドルフはアディダスをを設立。
※兄のルドルフが弟アドルフの17歳年下の妻ケーテを密かに愛してしまったからだという諸説もある。

この兄弟喧嘩は街中までも巻き込み、他人の靴を確かめてからでないと会話が出来ないほど。
そのためこの街は「首を曲げた街」と呼ばれた。


彼らの死後も息子たちが会社を引き継ぎ経営。
しかし関係性は続行。
ブラジルの神様「ペレ」には手を出していけないという暗黙のルールが2社間にはあったが、それをプーマ側が破り、ペレと契約してしまったためアディダス側が大激怒。
どこまで経ってもこの兄弟の関係性はもう修復不能になった。。

と思いきや、こんな逸話もある。
この息子たちの争いを、オニツカタイガー(現アシックス)の創業者 鬼塚喜八郎氏が仲裁に入り和解させたという事だ。

しかしこの争いがあったからこそ、アディダス、プーマは世界中の人々から愛されるブランドに成長したのだと思う。

こんな歴史的背景を知った上で、改めて自分の持っているスニーカーを履いてみると、また違った感覚が生まれるかもしれません。




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